Tuesday, 18 June 2013

after the show...Ashley Isham.


シンガポールのメンズファッションが
あたしにとって今回の一番の驚き。

Stylish singapore guys,
wearing Thom Browne from top to toe. 



この一年で急に洗練とスマートが加速して
ファッションを「手玉に取って」遊んでる層が
少なからずとも表れてきて。

**
実際シンガポールのメンズを扱う
セレクトショップに行った時、
そこに置いてある洋服の種類が変わってて。

世間でいわれる「人気のあるもの」、「売れているもの」ではなくて
お店の人の「審美眼」を
一度通した、吟味したセレクトになってるのを感じて
その変化にゾクゾクしてしまった。

Monday, 17 June 2013

at marina promenade...Singapore



シンガポール・ファッションウィークの最後を飾るショーは
Hussein Chalayan。
1週間、色んなショーで顔を会わせてた
モデルさん達はいつのまにやら友達同士に。

でもまた今日のこの後に、
いつものそれぞれの日常に戻る。
この街に残る人もいれば、他の国に移る人もいて。

models at backyard of final show..


バックヤードで記念撮影。
記憶と思い出を携帯に残す。

Sunday, 16 June 2013

at marina promenade...Singapore





back yard of the final show,Hussein Chalayan.

シンガポールファッションウィークはあたしは今回3度目なのだけど
徐々に「アジアンモデルズ」を活用するショーが増えてきた気がする。

アジアンモデルズ自体のレベルも
どんどんアップしている
(体のかたちも、醸し出す雰囲気、ウォーキング、
プロとしてのスキルが格段に)。


これは即ちシンガポールのファッションウィークの
目指してる場所の方向性を表していて
マインド的な所もうかがい知れるのかな、と思う。


あたしたちはアジアの人で、アジアの顔立ちで、アジアの肌で。
ファッションのメインストリームはウエスタンだけど
それをそのまま憧れとりいれるという「既存概念」から
スルッとこの街は一歩すり抜けてる。


何をアピールしたいのか、誰にアピールしたいのか、
今、シンガポールの持つ「強み」とそうでない所の洗い出し、
それをこの国は冷静に捉えてる。


クレバーとは、つまりそういう事だ。

Saturday, 15 June 2013

at marina promenade....Singapore



models at AFF closing show:Hussein Chalayan.


ショーが始まるまでにはまだまだ時間が沢山あって
モデルさん達は近くをプラプラ散歩したりしてる。

(実際シンガポールは『アジアタイム』なので
1時間くらいはザラに遅れる。

とは言え、それに怒ってみたり焦ったりする人達はほぼいない。
シンガポール、とはそういう街だ。

物事の進むスピードは急ピッチだけど
人はのどかでのんびりとしてる。
それは私がこの街を好きな理由の一つ。)

マリーナ・プロムナードの海沿いにいたモデルさん達。この長い脚!



Friday, 14 June 2013

at blueprint....Singapore


love her red color hair and silver skirt! 

Fashion kids at blurprint.

ファッションキッズはどこの国にいっても
やっぱりすごく愛しい。

「ファッション大好き!」のパッションで
トゥーマッチすぎる、その力強さが
見ているこちらの心を揺さぶる。



**
「『何もしない』はもはやリスクでしかない」
という言葉をあたしはどこかで耳にしたんだけど
ファッションにもそれは言えるのだ、と思う。

失敗(つまりはトゥーマッチ)を沢山して
恥ずかしい思いも沢山した人の方が
大人になるに従って「洗練」が産まれる。
トライアンドエラーの繰り返しにより
ファションのスキルもマインドも研ぎ澄まされて
所謂「いっぱし」になる。


「何もしない」と失敗もしないし
安泰だし、恥ずかしい思いもすることはない。
安全な世界。
だけどそこには成長がない。
マンネリは怠惰を産み、
ファッション情熱を少しずつ蝕んでいく。

単調な世界へのドアが開き、
表情をなくした人生が始まる。

「『何もしない』はもはやリスクでしかない」。

また思い出す。

リスクをとるか。とらないか。
どちらの人生が最終的に良いのかは
終りを迎えるその時までは、分かる術などないのだけれど。